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かごめ鞠子

Author:かごめ鞠子
鎌倉で思案中です。
なお、当ブログはかごめ鞠子の創作テキストブログです。ブログ内記事の無断転載・引用はご遠慮下さい。

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予兆/1

 鎌倉由比ヶ浜、昼のにぎわいに疲れた海は静かに波を寄せていた。半月も眠たげに少し傾いて、月の光を波間にゆったりと横たえている。
 浜辺では若い男女、例えば海らしくカツオとサヨリが身を横たえ、本能のおもむくがままにお互いを求め合っていた。
 なんの予兆もなく、海は激しく震え砂浜がざわめき始めた。
「地震かしら?」
 サヨリは上からの圧力だけでなく背中からも力を感じ、身悶えモードを一時停止して目を開けた。
「俺はアニマルなんだ」
「津波とかありかな?」
 サヨリはカツオの肩越しに手を伸ばしバックを探って携帯を取り出した。地震情報を検索する。カツオはサヨリのタンクトップをまくり上げノーブラの胸に顔を埋め甘い無呼吸状態に恍惚となった。
「地震じゃないみたい」
 サヨリは携帯を閉じ、身悶えモード一時停止を解除して目を閉じカツオに身体を任せ、ときどき嬌声をあげた。
 二人の愛の営みに呼応してか、波も悲鳴をあげ身悶えた。荒ぶる高波は風を呼び、雲を起こし、雲はみるみるうちに月を閉じこめた。
「雨になりそうよ」
 薄目を開けてサヨリが言った。
「もう濡れてるじゃないか」
 サヨリは携帯で天気予報を検索し始めた。カツオはサヨリの胸にどっぷりと浸たり、ときどき息継ぎをして、指は顕わになったサヨリの太股をまさぐる。
「今夜は大丈夫みたい」
 サヨリは携帯を閉じ、再び目を閉じてカツオに身体を任せ、ときどき嬌声をあげる。単純そうに見えて効果音を入れるタイミングは難しい。
 海岸近く、闇が凝縮され一艘の舟がぞわりと現れた。艫にいる男の顔は半面が爛れ、舵を握る手は黒く干からび骨と皮ばかりである。舳先には袈裟を身にまとい頭を白い裹頭で覆った男が、長刀を手に目の奥に暗い憎悪の炎を燃やし陸を睨んでいた。
 海面から突きだした漆黒の舟は浜辺を喰い進んでいく。白い裹頭だけが狐火のように怪しく揺らめく。やがて舟は闇に溶け僧形の男一人が残った。男は長刀を振り上げ、振り下ろし浜を引き裂いた。
 稲妻のように浜に亀裂が走る。砂はぐにゃりと揺れ動きいくつもの、数十もの、数百もの繭を作り始めた。繭は男の身体から発せられる闇を吸い込んで蠢いた。それでも男の闇は消えない。むしろ濃くなるばかりである。
 繭の背がぐわりと割れた。潮の匂いさえも消すほどの腐臭があたり一面に漂い、流れ出す粘液が明確な形へと姿を変えた。浜辺は数百人もの武者や雑兵に覆いつくされた。頬は痩け、蓬髪となった髪には血がべっとりとこびりついている。身につけた鎧は破れ、まるで身体の一部であるかのように垂れ下がっている。みな刀傷や矢傷を負い未だ乾かぬ血を滴らせていた。
「なんか匂わない」 
 サヨリはあたりを見回した。
「俺の、俺の男の獣の匂いだよ」
 カツオが言い終わらないうちにサヨリは悲鳴をあげた。
「なんだよ」
 さすがのカツオも苛立って指先の動きが乱暴になる。
「誰かが見てるの」
「盗撮じゃないか。そういうのって俺、かえって燃えるんだ」
 確かにカツオの動きは激しくなった。サヨリの下着を下ろし自分の小さい長刀を取り出す。
「お坊さんみたい」
「覗き坊主か。だったら写真、撮っとけよ。あとで脅してやる」
 サヨリは携帯を開き写真を撮る。
『カッシャ。ヒューウ、バチバチバチ。玉やー』
 携帯カメラのフラッシュとシャッター音が夜陰を破る。
「玉やー。玉や、玉や、玉やー、俺のはどうやー」
 カツオは更に興奮した。
 顎の下からフラッシュを浴びた僧形の男の顔は、隈取りでもしたかのようにおぞましい効果をもたらした。
「生きて地獄を見るがいいか、死んで地獄に堕ちるがいいか」
 男の声が耳から脳へとにじり上がり締め付ける。
 サヨリはわなわなと震え始めた。
「今度はなんだよ。変だぞお前」
 さすがのアニマルカツオもピストン運動を止めた。歯の根も合わないサヨリの目は見開いたままカツオの後ろを見て凍り付いている。
 男は持っていた長い長刀で振り向いたカツオに切りつけた。カツオは顔に驚愕の焼き鏝を当てられたまま倒れた。
 サヨリはなんとか倒れたカツオの身体の下から抜けだし、絡まる下着を脱ぎ捨て砂浜を這いまわった。武者の一人がサヨリの背を狙って矢を射た。もんどり打って仰向けに倒れるサヨリ。サヨリの悲鳴に男たちの下卑た笑いが重なる。 
「うぬらは呪いの太刀を目覚めさせるのだ。太刀で闇をえぐり悪霊を呼び起こせ。そしてこの世に地獄を見せてやれ」
 それに応える兵たちの暗い鬨の声が地を振るわせた。男たちは夜空に吸い上がり、闇に熔けた。僧形の男は荒れた海を背にして鎌倉の街を見た。
「おもしろいな、悪霊たちはもう目覚めている」
 男は双眼に暗い炎を燃やし唇を歪めて嗤った。
 
 
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予兆/2

 女武者もいいけど、脱がせる訳じゃないし、坊さんだろ、僧兵なんてあとだ。やっぱ、武将だよな。次は、ちょくすいの色を選んで下さい。
 ちょくすい?ちょくすい、ってなんだ?たぶんこの着物のことだな。わかんねえ漢字ばかりだ。戦いだからな、赤にしよう。あかたん、あかたんじゃないのか、赤に丹羽のヤローの丹。
 鎧は…また読めない字だ。赤い着物に赤の鎧じゃ消防士みたいだ、糸より皮の方が丈夫そうだし、くろかわい、また、入らないよ。すげえ、めんどっちいゲームだ、やめた!でも、うるせい兄貴がいない時しかチャットできないし…めんどくせなー。黒、皮、威厳だったかな…当たり、黒皮威(くろかわおどし)。
 兜、これは選択か、この長い角の付いたやつにしよう。武器は刀、いや長い方がいいかな、槍にしてみるか…いや、やっぱ刀だ。次は名前、佐久間敦っと。続柄、続柄って?へえー長男とかか、じゃあ次男。それと年令を入力、21。
 うおっ、俺かよ、すっげーリアル。
『遠くは音にも聞き、近くは目にもよ。昔、朝敵平将門を滅ぼしたる俵藤太が子孫、佐久間次郎敦、生年二十一才。われと思わん者は出よ』
 かっちょいい!せりふまで言うのか。でも、タワラノトウタって誰だ?まっ、いいか。平のマサカドってヤローを倒したって言うんだから、平家物語の誰かだろう。それで、名前とか入れたのか。
 鎧、兜か、すげー、俺ってこういうの結構、似合うじゃん。ミエコに見せたいな、俺のこと、少しは見直すだろう。
 おっ、いきなし敵かよ!まかせてちょうだい。ホイホイーっとね。簡単すぎるよ。
 えっ、なんか言った?丹羽の声?嘘だよな…。
 おっと、よそ見してたら、ダメージ受けたじゃないか、ヤバイ。雑魚を斬ってゲージを上げるか。こんな風に斬りまくったら気持ちいいだろうな…。
 えっ、丹羽?
 うるせーんだよ、ぶった斬ってやる!


『日頃は音にも聞きつらん、今は目にも見よ。寺にはその隠れなし。堂衆の中に野口の浄明邦泰という一騎当千の兵者ぞや。われと思わん者は出よ』
 パソコンのモニターには野口邦泰自身がいた。モニターの中の彼は漆黒の僧衣に黒皮威の鎧をつけ、太刀と長刀を持ち名乗りを上げていた。
 野口は精巧すぎるゲームに一抹の不安を抱いたが、ためらう間もなく敵が現れた。途端、神経は四角く区切られた世界の中へとはまりこむ。部屋の情景が意識をはずれ、野口の世界はゲームの中だけになった。一体感。振りかざす刃、一閃のきらめきに心が躍る。
 相手は雑兵でほとんど反射神経だけで倒せる。敵が、だんだんと強くなっていく。だが、体力ゲージや技能ポイントが上がっているのでそれほど苦戦する相手ではない。雑兵は群れるものだ。剣を振る、なぎ払う。
 コントローラーを連打するだけで行なえる快感。次第に野口の身体が前屈みになる。
「雑魚が俺に構うからだ」
 百人斬り、と毛筆で書かれた文字が画面を踊る。
『おお、さすがは淨明邦泰。主こそ天下に名高き僧兵よ』
 大将とおぼしき鎧武者が感嘆の声を上げる。当たり前だ、と野口は一笑する。
『能なし』
 野口はふっと後ろを振り向いた。何か聞こえたような気がする。見慣れた風景。ハンガーに掛けられたくたびれた背広が、抜け殻である事を訴えかけてくる。
「まさか、横井の声のはずが無い」
 自分自身に納得させるように声に出した。
 ゲーム画面は佳境になり甲冑(かっちゅう)を身につけた男が現れた。男がくぐもった声で何か言い太刀を振りかざし野口に向かってきた。
 今度の敵は今までとは桁が違う。体力を消費するので長刀は捨て太刀で応戦する。
『能なしのお前に何が出来る』
 鎧武者のざらついた声。
「横井…」
 聞き違える筈が無い。嫌というほど鼓膜にこびりついた声。
「横井ッ!」
 野口が吠える。コントローラーを握る手が汗ばんだ。白くなるほど力を込めた指先が震える。わずかの差で浄明邦泰の太刀が敵の胴を刺した。
 敵は腹を抱えてうずくまった。野口も息を切らせている。
「小心者のお前に、俺の首が討てるか」
 斬られた男の口から妙に生々しい声が発せられた。
 能なし、
 能なし、
 能なし、
 浄明邦泰は敵の甲(かぶと)を取った。敵は!


「…『源平盛衰奇』?あー、やったよ。ぜーんぜん、たいしたことないじゃん…
っていうか、女武者って、なんか、おばさんっぽくない、あずみみたいにかっこ良くないじゃん、で、途中でやめちゃた…えー、ふつうの雑魚キャラだったよ…
っていうか、国枝ちゃんさー、そういうとこがウザいって言われんだよ…
あたしは言ってないよ。あたしは国枝ちゃんとは小学校からの友達じゃん…
わかった、明日、返すよ。…
大丈夫、岸和田なんか、なんにも言わないよ。…
っていうか、美佳がやりたがってたから、先に美佳に回すよ…
えっー、美佳、まだ『ギルティギア』返してないの、誰かに貸したのかな…
美佳に聞いてよ。っていうか『戦国BASARA』も持ってたよね。明日、貸してよ、忘れないでよ。忘れたら、帰りに買ってよね。じゃね、学校でね」
 大野真由は受話器を乱暴に置いた。
「殺してやる」
国枝千晶の声は真由には届かなかった。

SUN/1  

 数日後の東京。卒塔婆(そとうば)のようなビルが林立する中に姫守本宮はある。その上だけぽっかりとあいた夜空に祭の終わりを告げる太鼓の音が吸い込まれていく。今日が秋の大祭であっても宵宮は昨夜の賑わいには勝てない。屋台の回りがいやに明るく見えるのも、人が少ないせいもあるのかもしれない。参拝客も大方いなくなり、太鼓の音を合図に屋台も片づけを始めた。 
 太鼓の音が止むと、神殿から細い笛の音が漏れてきた。和太鼓の音が時折混じる。神殿では一組の男女が神楽を奉じていた。
 女は倭百桜姫、倭百一族の姫巫女である。身にまとうのは朱に金糸銀糸で鳳凰の絵柄をあしらった衣と呼ばれる襟なし筒袖腰丈のブラウスに、白地に金朱の四つ菱文様の裙というロングのフレアースカート。髪は耳元でみずらに結っている。
 連舞(つれまい)を演じるのは玉藻(たまも)。薄紫の玉虫色の衣に、濃紫のゆったりとしたズボンの膝下を紐でくくっている。二人とも勾玉(まがたま)のネックレスを首に下げ、腰に細い帯を締め、玉飾りの付いた太刀を帯いている。古墳時代の衣装である。
 泰平と豊穣(ほうじょう)を言祝(ことほ)ぐ神楽の楽曲を、桜姫は生の喜びを情熱的に奔放な舞踊で謳い、玉藻は夜の持つ休息と恐れをしなやかに艶めかしく囁く。
 二人は女神と魔神、獣と鞭のように寄り添い離れる。ややもすると、桜姫の舞が押されがちになるのは、夜のエネルギーを玉藻が強く受けているせいかもしれない。神殿は古代と異文化が混じり合った不思議な空間を作りだしていた。
 倭百一族はヒミコの流れをくみ、代々、女たちが神事を執り行ってきた。女児を生むまでは巫女、女児を生むと大巫女となり姫守神社で神事あたる。倭百巫女の象徴である姫巫女は東京の本宮にいるが、古からの元宮は九州にある。姫巫女は春には元宮で、秋には本宮で神楽(かぐら)を奉納する。
 舞は突然、終った。姫巫女がトランス状態から抜け出した時が神楽の終わりを意味する。桜姫は差し出した玉藻の腕の中に倒れ込んだ。いつもなら上気する頬が少し青ざめている。玉藻は桜姫を抱きかかえて神殿脇の上敷に横たわらせた。
「悪い夢をみたのか?」
玉藻は心配そうに桜姫の顔を覗き込んだ。玉藻は細い指で桜姫の額にかかる髪を直した。
 この神楽は一般にはもちろん一族にさえ公開しない。姫巫女である桜姫と代々姫巫女の守人である玉藻、囃子(はやし)方の春太(しゅんた)と秋羅(あきら)の四人だけが神殿にいる。
「疲れただけ。このところ雨が続いていて風邪気味だったの」
 桜姫は半身を起こし衣服を整えるふりをして玉藻の視線を避けた。
 激しい舞はもちろん、トランス状態は身体の消耗が激しい。その上、なにか悪い託宣を受けたなら…玉藻の心に不安がよぎる。
 桜姫は和太鼓を叩いていた青年、秋羅の持ってきた神社の湧き水を口にした。浄水が身体の隅々まで染み込んでいく。朝のすがすがしい空気を、胸いっぱいに吸い込んだように気も心も晴れ渡ってくる。桜姫は大きく息をついた。
「玉藻、秋羅もありがとう。生き返ったわ。夢は、まだ思い出せないから、うるさく言われないうちにここを逃げ出したいな。玉藻は今夜は、鎌倉に帰るの?」
 桜姫は起きあがり、みずらに結った髪を下ろし、うっとうしそうに後ろで一つに束ねた。
「そのつもりだが」
 玉藻は桜姫の雑に束ねた髪をほどいて緩く編む。
「大倉山まで乗せてってくれない」
 桜姫は小声で言った。
「その様子だとカレシのとこだな、遠回りだけど、たまには桜姫と夜のドライブもいいかもな」
 いつも祭りの後は宴を催す。今も結婚式場に使われる大広間では宴会の準備が進められている。その席上に姫巫女がいないというのはいかにもまずい。神託のせいか?玉藻は訝った。
「そのまま行くのか?」
 玉藻は神楽の衣装のままの桜姫を見た。ロングのスカートなので華やかな民族衣装のドレスに見えないこともないが、それにしても時代がかっている。玉藻はすでにネイビーブルーのスーツに着替えていた。中に着ているシャツのボルドーレッドは玉藻の好きな色だ。
「似合うわね、そのシャツ。でも、わたしは玉藻みたいに着替えが早くできないし、家に寄るとパパとかうるさいし…。彼のとこに着替えが置いてあるから、このままでいいわ。秋羅達もパパには内緒にしておいてよ」
 秋羅も春太も困った顔をする。いくら桜姫が姫巫女とはいえ、桜姫の父は倭百一族の総代である。内緒と言われても限度がある。せいぜい、神社を出る間、告げ口をしないくらいだ。当の桜姫もそれを知っているので肩をすくめ二人に投げキスを送った。
 桜姫は辺りの気配を伺いながら神殿を抜け出した。玉藻は後から急ぐでもなく続いた。

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SUN/2

 境内の駐車場近くのお化け屋敷から出てくる影薄い男女が、小屋主の勘九郎に挨拶をして空に消えていった。勘九郎は渋い顔で空を見つめている。
「田所さんたち、もう帰ったの」
 桜姫が声を掛けると、勘九郎はいつもの愛嬌のある顔で振り向いた。
「桜姫ちゃん、今年も盛況だったね」
「信者が増えたからね。除霊で繁盛ってどうかしらね」
 姫守の巫女たちは霊的能力の強い者が多い。姫守神社も十年ほど前までは降霊で、親しい人と話をしたいという客が多かったが、最近は、取り憑いた霊を落としてくれという客がほとんどだ。
 しかも、取り憑いているのが生霊というやっかいな仕事も増えている。
 祟る霊を諭し本来の場所に帰ることを説得するのが浄霊、拒否したとき強制送還させるのが除霊である。
 桜姫は除霊の能力に優れている。それもかなり攻撃的で強制送還というより強制終了に近い。
 勘九郎は猪首に巻いた絞りの手ぬぐいをたたむと懐にしまった。
「最近はいけねえや。幽霊なんか怖がりゃしねえ。怖いものがなくなったら、もう、おしめえだ」
「そうなったら、うちも商売あがったりだわ」
 勘九郎はお化け屋敷の小屋主である。冬でも素足で、今日は作務衣の上に薄い綿の入ったちゃんちゃんこを着ている。
 小柄な体、体に不釣り合いな坊主頭の大きな顔が乗っている。年は六十にも見えるが百才と言われたらそうとも思える。ひねた子供の様にも見えるのは、目鼻が顔の下半分にあるせいかもしれない。
「幽霊は増えてるのにね。そう言えば、今年はリサちゃん見かけなかったけど?」
「お盆の前に辞めたんだ。たまにカレシのところにも化けて出たが、ぜんぜん見えねえんだとよ。サラ金の取り立て屋やなんて、見えているのに恐がりもしねえらしい。
見慣れているのかねえ。疲れたって…今年は三回忌だし親に供養をしてもらって成仏してえってよ。
近頃の奴らは幽霊より機械が造ったもんのほうが怖ええらしい。どうしたもんだか」
 勘九郎の言う機械が造ったもんとはCGやSFXのことである。桜姫は笑いをかみ殺した。
「そういうのが怖いのは人間が造っているからさ」
 玉藻は皮肉っぽく答えた。
「リサちゃんもそんなカレシ、こっちから一発殴って振っちゃえば良かったんだよ」
「桜姫ちゃんはいつでも直球勝負だ。男にもてたいがためにサラ金に金借りてまで整形なんてしねえだろうな。まして自分で命を絶つなんて」
 勘九郎は頼もしげに桜姫を見た。
 たとえ剛速球でも打たれることもあるのだということを桜姫はまだ知らない。
「当たり前よ。わたしのどこを整形しなくちゃならないの。この顔に文句がある男なんてこっちから願い下げだわ。でも、良かった。いつまでもフラフラしていると、本当に成仏できなくなちゃうから」
「まあ、リサちゃんはちょっと道、間違えちまっただけで根は優しい子だからね、怨んで化けてでるなんて性に合わねえ。桜姫ちゃんの言うとおりだ、早く成仏したほうがいいや。でもよ、妖怪も影を潜めているし、幽霊を怖がる奴もいねえ。世紀末ってやつかね」
「勘九郎、世紀末はもう終わったんだぜ。いつでも、世紀末に向かって人間は生きているのだから間違いとも言えないがね」
 玉藻には時代遅れの勘九郎がおもしろくてたまらない。
「世紀末の後には何がくるのやら…」
「勘九郎ちゃんがいるじゃない」
 悲観的になる勘九郎を桜姫が慰めた。
「あたしなんかより、夜中、化粧の茶色い娘っ子が…」
「ガングロ、あれは滅んだ」
 玉藻が揶揄を入れる。
「そうだったかな、時間の長さがいくつになってもわからねえ。ともかく若い女の子がよ、携帯持ってけたたましく笑いながら歩いている方がよっぽど怖えよ。
鼻やら耳に穴あけてよ。言うじゃねえか、『身体髪膚これを父母に受け、あえて毀傷(きしょう)せざるは孝のはじめなり』あれは新種の妖怪かよ」
「だったら仲間じゃん」
 桜姫は勘九郎の肩を抱いた。
「違いねえ」
 笑いながらも割り切れない思いの残る勘九郎である。
「勘九郎、お前も乗ってくか?」
「車ちゅうやつはどうもねいけねえや、鉄の塊がでけえツラして、ケツじゃ臭い屁を垂れ流してやがる。おっと失礼、レディの前で。放屁めされる。なにしろ山のモノはデリケートだ、みんな怒っていやがらあ。
そうだ、桜姫ちゃんの巴御前、楽しみにしてるよ。みんな大騒ぎだ。ここんとこ、鎌倉の山も居づらくなっちまって陸奥か信濃の山奥にでも引っ越そうかなんて声もちらほらあるから、桜姫ちゃんの勇ましい姿もこれが最期だなんて、しけた面してやがる。
桜姫ちゃんの晴れ姿で元気を貰いたいもんだ。じゃあな、鎌倉で待ってるよ」
 勘九郎はなにやらもごもご言うと頭をつるりと撫でた。つむじ風が起こり小屋が消え勘九郎も消えた。
「本当なのかな、勘九郎ちゃんの話」
「山奥に引っ越しって話か?すぐということでなくても、いずれはそうなるだろうな。でも、勘九郎たちもしたたかだ、そう簡単に逃げ出しはしないさ。急ごう、怪しい雲行きだ」
 玉藻に言われ桜姫は空を見上げた。星が見えない、今にも降り出しそうな厚い雲が空を覆っている。
「昼間はあんなに天気良かったのに」
「姫守本宮の祭礼は雨雲も遠慮するのさ」
 二人は駐車場に急ぎ玉藻のポルシェに乗り込んだ。

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SUN/3

 玉藻の運転するシルバーのポルシェが首都高を走り抜けていく。雨粒がフロントガラスに当たり始めた。ワイパーがシベリウスの曲に合わせゆっくりと動いている。
 桜姫は神楽の時に見た夢を思い出そうとした。覚める直前までその夢を記憶に残そうとしたのに、玉藻の腕の中で目覚めたときには苦い後味だけが残っていた。
 いつもなら夢解を得意とする大巫女に夢を告げるが、今回は何一つ覚えていないので説明のしようもない。
 桜姫はバックミラーに映る玉藻を見た。色白で目鼻立ちが整っている。癖のない髪は肩よりも長く一つに束ねている。美男なのだが、目尻がきつく唇が薄いので酷薄な印象を与える。実際、玉藻は人間嫌いでほとんど人に優しい顔を見せない。
 神楽の時に見た夢が急に桜姫の脳裏にフラッシュバックした。
 二つの勾玉が合わさる夢…。やがて勾玉は抱き合う男と女になった。まさか、わたしと玉藻?
桜姫は頬がこわばりバックミラーに映る玉藻から目を逸らした。
 玉藻は桜姫の動揺を目の端に捕らえた。
「今度の彼は小説家とか聞いたけど、どこで知り合ったの?」
 玉藻はさりげなく話題を振った。
「姫ちゃんに誘われて合コン。ちょっと、年、離れてるんだけどね」
 桜姫の声がかすれている。
「いくつ?」
「三十二だったかな。中村盛信、小説家。ペンネームは風魔森。
バツイチ。子供はいません」
 桜姫は気持ちを切り替えようと努めて明るく言った。
「風魔森か、奇遇だな…」
「知り合い?」
「彼はゲームのシナリオも書いているだろう」
「みたいね、でも、わたしはゲームはやらないからわからない。光り物って苦手なのよね」
 桜姫はテレビやパソコンを光り物という。画面に結構、幽霊が見えてうっとうしいと嫌がる。ラジオや電話も巫女たちにはあちらの住民のグチが聞こえるらしい。
 慣れているので怖いわけではないが、そんなものが画面にうろうろされてはドラマはおろかバラエティさえも楽しめない。
「それより、玉藻が今、つきあっている人は?」
 桜姫は矛先を変えた。
「いろいろ忙しくてね」
「大学が?今日も女子大生がずいぶんいたみたいだけど、玉藻のファンじゃないの?」
 玉藻は大阪と京都の大学で週一回、政治力学を教えている。学生は政治に興味のない女子が圧倒的に多い。
「まさか、彼女たちは桜姫のファンだろう。さすがに、京都から来ないだろう」
「どうかしら?」
 桜姫はひやかした。鎌倉にある玉藻の家は誰も知らないが、御殿山のマンションの前で待つ女は多いと聞いている。
「私の本に興味を持った男に相談事を持ち込まれてね」
「玉藻の専門というと、政治家か誰か?」
「まあ、そんなとこだ」
 玉藻はこの話は打ち切りたいという口調で答えた。
 倭百の男たちは経理・営業・広報などで巫女たちをバックアップしているので政財界の顧客も少なくない。金が唸る政治家や財界人は美味しいお客さまだからだ。
 彼らを恨む者は多く、リピーターが多いのもこの客たちの特色だ。一霊、片づけても彼ら彼女らにはまた新手が憑く。彼らに憑く怨霊の数は孫子の代まで予約待ちと言っても良いくらいだ。
 小人閑居して不善を為す、平和であろうと人は恨み恨まれる。この業界に不況はない。善人でも金がなくても恨まれる輩にはこと欠かない。
 生きた人間との交渉は男たちに任せておけばいい。桜姫たち巫女は霊と対話あるいは対戦するのがお仕事だ。
 桜姫は玉藻にその政治家の名前を言われても、朝のニュースに出てくる顔ぶれ程度しかわからないので、それ以上その話を詳しく聞きたいとも思わず、ぼんやりと窓の外を眺めた。車の中の空気も相変わらず重い。流れる音楽が内省的なシベリウスの交響曲では明るくなりそうもないが…。
玉藻は九尾の狐である。年令は不詳。性別は雌雄同体とも言われている。妖狐は天竺から唐に、そして日本に渡って鳥羽上皇の寵姫となった。陰陽師安倍泰成に見破られ、倭百の姫巫女を守る事を誓わされた。
 プライドが高いので式神にはならないが、代々、倭百一族の姫巫女の教育係兼守り役を務めている。
 男と女が玉藻と桜姫であったなら、そんな夢が吉夢とは思えない。グレイな気分が戻ってきた。
「こんなに多かったけ?」
 桜姫はため息混じりに呟いた。車は首都高を降り第三京浜に入った。半透明の亡霊達が獲物を探し浮遊している。
「今から、千年前ってどんな時代だったか知ってるよね」
 亡霊が桜姫に見えて妖狐の玉藻に見えない筈はない。聞くからには何か意味があるのだろう。桜姫は少し眠くなった頭で答えた。
「一一九二が鎌倉幕府だから平安末期かな」
「平安時代は物の怪に蝕まれた時代だった。今に似ている。桜姫、気を抜くとお前も喰われるぞ」
 桜姫は一対の勾玉が緩く回転する幻影を見た。
「あいつらはどこに行くのかしら?」
「宴だろう。ここは棲みやすいからな」 
 玉藻の声にはなんら感情が籠もっていなかった。

「着いたよ」
 玉藻は大倉山梅林に近い風魔森、モーリのマンションの入口で静かに車を止めた。雨は小やみになっているが、駅からも離れ深夜とあって人の通りはほとんどない。
 桜姫はもぞもぞと動いて大きなアクビをした。いつのまにか眠ってしまったらしい。子供の頃の夢を見ていたような気がする。音楽はショパンの静かなピアノ曲に代わっていた。
「サンキュ。あっ、これ」
 桜姫は玉藻に桜姫の三頭身フィギアと小さな鈴の付いた『桜姫ちゃん携帯ストラップ』を渡した。
「なにこれ?」
 玉藻はありえないという顔で桜姫を見た。
「うちの新製品。他に碧海ちゃんとか姫子ちゃんとか、十種類くらいあるの。
七海さんのまであるのよ。魔よけにどうだろうって」
「泉さんのアイディアだろ。でも私に魔よけはないだろう」
 玉藻がストラップをつれなく返したので桜姫は車のフロントに置いた。
 確かに玉藻の洗練された車に三頭身フィギアは似合わない。桜姫は仕方なくストラップをバックに戻した。
「パパはあの手この手でわたしたちを売り出そうとしてるの」
「泉さんのフィギアも作ればいい」
「パパって、すぐその気になるから言わないでよ。でも、勘九郎ちゃんとか可愛いかも」
 そのまんまフィギア体型の勘九郎を思い出し二人は笑った。
 夢のこと話そうか、桜姫は玉藻を見た。
 迷っているな、それを見透かして玉藻は言った。
「夢は夢にしか過ぎない。夢を引きずるな。自分の行動ですべてが決まるんだ。
もし悪夢だったなら気を引き締めろということ、それだけだ。自分から招いた過ちの方が乗り越えるのが難しい」
 桜姫はコクンと頷いた。
「送ってくれてサンキュね」
 玉藻の頬に軽くキスをする。
「風魔君には、いつ、紹介してくれるのかな」
「だめ、玉藻の好みだから。じゃあね。パパには内緒にしといてよ」
 玉藻はエントランスホールに入っていく桜姫の後ろ姿を最後まで見つめ煙草に火を点けた。

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